保坂和志「書きあぐねている人のための小説入門」より抜粋

 小説とは、「個」が立ち上がるものだということだ。べつの言い方をすれば、社会化されている人間のなかにある社会化されていない部分をいかに言語化するかということで、その社会化されていない部分は、普段の生活ではマイナスになったり、他人から怪訝な顔をされたりするもののことだけれど、小説には絶対に欠かせない。つまり、小説とは人間に対する圧倒的な肯定なのだ。


 彼らは、一見するといい加減に生きているけれど、今の社会のあり方に同調しようとしていないことがそうさせているわけで、けっこうポジティブで、見どころがあり、全員、それなりに高いところを志向している。人間って、そういうものではないか、という気分。あるいは、私を含めた人間たちが、今この時に現に生きていることの驚きや歓び。私は、そういう世界を肯定しようと思ったのだ。