走ることについて語るときに僕の語ること 村上春樹

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 たとえ絶対的な練習量は落としても、休みは二日続けないというのが、走り込み期間における基本的ルールだ。筋肉は覚えの良い使役動物に似ている。…「これだけの仕事をやってもらわなくては困るんだよ」と実例を示しながら繰り返して説得すれば、相手も「ようがす」とその要求に合わせて徐々に力をつけていく。…文句も言わず(ときどきむずかしい顔はするが)、我慢強く、それなりに従順に強度を高めていく。「これだけの作業をこなさなくちゃいけないんだ」という記憶が、反復によって筋肉にインプットされていくわけだ。我々の筋肉はずいぶん律義なパーソナリティーの持ち主なのだ。こちらが正しい手順さえ踏めば、文句は言わない。
 しかし負荷が何日か続けてかからないでいると、「あれ、もうあそこまでがんばる必要はなくなったんだな。あーよかった」と自動的に筋肉は判断して、限界値を落としていく。筋肉だって生身の動物と同じで、できれば楽をして暮らしたいと思っているから、負荷が与えられなくなれば、安心して記憶を解除していく。…レースを目前に控えたこの重要な時期には、筋肉に対してしっかりと引導を渡しておく必要がある。「これは生半可なことじゃないんだからな」という曇りのないメッセージを相手に伝えておかなくてはならない。パンクしない程度に、しかし容赦のない緊張関係を維持しておかなくてはならない。このへんの駆け引きは、経験を積んだランナーならみんな自然に心得ている。

 練習への強迫観念に駆られる文。実際次の日から一人朝練するぞ!と決意はしたのですが…仕事が最繁忙期で…。来季は二日置かず作戦を立てなくては。

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 走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨きつづけることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。

 妙齢の女子が結婚も出産もせずにやれロードバイクだやれMTBだとかねえ…と私の大型トラックは言っておりますが、磨きますよ!


 あと興味深かったのは、村上春樹ロードバイク嫌いっぷり。機材にお金がかかる不自然さと、走るときと使う筋肉が異なる違和感からだそうで、まあ納得。ロードバイクを乗ってる身からすると、ランニングをすると全身筋肉痛になって参る。使う筋肉が全然ちがうんだねえ、と両方やってる人はみんな言ってる。トライアスロンはそれを間髪入れず切り替えていくところが一番の凄さだと思う。