木地雅映子「氷の海のガレオン」より抜粋

P30
「うちってテレビがないじゃない、前にそれを言ったら、みんなすごいびっくりして、『じゃ夜はなにしてるの?』って聞くんだよね。それで、『本を読んだり、ひとりで考えごとしたり』、あとなに言ったっけな、あと、そう『庭に出てぼーっとしたり』って言ったら、『暗いね』って言われたんだ。だけど、そういうのを普通、“暗い”とは言わないでしょ? それで、『あなたたちの言う”暗い”って言葉は、どういうことを表してるの?』って聞いたの。そしたら、変わったひとだって言われた」


「言葉自体がさ、なんかみんなと違うみたいなんだよね。みんなもう色気づいてさ、かれが欲しい、とか、よく話してるの。一度そういう話に、何かのはずみでまじっちゃったとき、『斉木さんはどういう人がいい?』って言われて、『そんなつまんないもの欲しくない』って言ったの。だって”かれ”とかいう言葉はさ、もし結婚していない状態であっても、ママにとってのパパを表しはしないと思うんだ。その言葉が表しているのは、くっついたり離れたりが激しくて、はやりものの、なんて言うのかな、なんにしろ、つまんないものでしかないと思うんだ。そんなものあるだけムダでしょ? でも、そんなのはおかしいらしいんだ。”かれ”とかいうものが欲しくない人は、どこか異常があるんだってさ。」


「『なにそれ?』って言うのね。『あなたの言うその”彼”という言葉は、いったいどういう存在を表してるわけ?』なんて言っちゃうの。あたしはそういうあんたのママがわりとわかってたけど、あたしの他には、女の友達いなかったんんじゃないのかな。話しかけてくる人ごとに、そういう調子で受け答えしてたら、当たり前だよね。でも、言葉というものにたいして、どうしてもいいかげんになれない人間だったのよ」


『アキ、あたしの言うこと解る? あたし、日本の言葉を話してるんじゃないの? どうしてだれかの話した言葉のいちいちを、これはあたしの言葉に直すとこういう意味だな、ああこれはこういうことかなって、頭の中で直さなきゃいけないの?』


P110
 わたし、周防がおなかにいたとき、ひどい状態でした。
 なにを教えたらいいか、わからない。わたしが育てた人間なんて、社会からどれだけ疎外されるだろう。言葉も通じない。わたしが神さまについて、思った通りを子供に語り、子供がその通りをだれかに語る。それだけで、もうその子は気違いあつかいされるんじゃないかって。
 ああきみはきちゃいけなかったんだ、と、わたしは思いました。
 こんなところ、つまんないよ、かえりなよ、と、言いきかせました。
 なにが起こったのか、については、わたしだけのものがたりです。
 でも、まあ、言ってしまえば、気が変わったのね、峠を越したというか、強くなったというか。
 わたしはほんとうのことを隠さない。
 それに耐えられる魂だけ、わたしのおなかにおいで。
 じかんのすごし方について、楽土について、きっと何もかも、伝えてしまうからね、覚悟してねって。
 なまっちょろい子供なんか要らない。そんなのは厚化粧した女の腹にでも宿るがいいってね。
 行きたくなきゃ、学校も行かなくていい。
 もし生きたきゃ、竜退治にだって行くといい。
 十三歳で妖精と結婚して、十五で母親になったっていい。
 だから、戦える魂だけ、ここにおいで、って。